夜勤さん

シリアルナイト 夜勤さん

 時は西暦20XX年……
ゆとり教育の弊害で夜勤従事者が激減した日本社会。
 崩壊する深夜の秩序を立て直すべく、ひとりの勇者が立ちあがった。
 これは人材派遣会社・ナイトワークスに所属する
職種を問わず夜勤業務を専属で受け持つ、
シリアルナイトと呼ばれる夜勤戦士達の奮闘の記録である……!
 

只今、15時也。
 
 生けとし生きるものには必ず朝が来る。
 しかし、中には人々が起きている時間に眠り、眠るべき時間に活動する者達もいる。
 そう、今から語るシリアルナイト達のように……。
 
 市内某所。このアパートにはシリアルナイトの一人が住んでいる。
 その男の名は、小奈西泰三(おなにしたいぞう)。
 彼の部屋の扉が叩かれる。
「先輩?小奈西先輩?」
 叩いた拍子に扉が開く。
「……もう、鍵も掛けずに不用心だなぁ」
 そんな事を呟きつつ入って来たのは一人の若者である。
 頭には警備帽を頂き、その小柄な身体を警備服で身を包み、足は爪先に金属の入った安全靴を履き、肩から警笛を付けたモールを、背中には交通整備用の誘導棒を提げていた。一言でいえばまさしく警備員である。
 若者の名前は夜勤さん。シリアルナイトの若きナンバー1である。
 今日も寝起きの悪い先輩を起こしに彼の住処まで来たのであるが……。
「ぐ~……」
「ああもう、気持良さそうに寝てますねぇ。先輩、夜勤行きますよ、夜勤」
「ぐ~……」
「先輩、起きて下さいってば!夜勤の時間ですよ」
「分かった分かった……起きるよ」
「そうですか、早く起きて下さい」
「分かった、分かったってば……」
 泰三は布団の中でもぞもぞして股間を勃たせて言った。
「ほーら、おっきした」
 次の瞬間、夜勤さんの背中の交通整備用誘導棒が泰三の股間のテントに炸裂した。

「ご、ごめん、ほんの冗談だ!起きるから!その警棒を下ろしてくれ」
 泰三は飛び起きて着替え始める。
「最初っからそうすればいいんですよ……」
 夜勤さんは誘導棒を背中に戻す。
「すまんなぁ。寝起きの悪さは昔からなんだ」
「と、言いつつ普通にパンツまで脱がないで下さいよっ」
「俺って清潔好きだから週に一度くらいはパンツ履き替えてるんだよ」
「……その台詞、本当の奇麗好きな人が聞いたら怒りそうですね。というか人が居る所でよくフルチンになれますね」
「何を今更。お前と俺の仲だろ?お前だって更衣室で俺の前で普通に着替えてるだろうが」
「いくら先輩の前でもパンツまで着替えるのは……ボクは嫌ですね」
「さて、俺の警備服はどこに置いたっけかな……」
 泰三は部屋の中を見回す。
 まもなく生活の中の残骸共にまぎれて、ちゃぶ台の下に脱ぎ散らかされたままの警備服が見つかった。
「先輩……念のため聞きますが、制服にアイロンとかかけた事ありますか?」
「はっはっは、そもそもそんなもん俺が持ってるはずがないだろう」
「ですよねー」
「なぁ、飯食っていいか?」
「悠長に食べてる時間無いですよ。ご飯食べたかったらもっと早く起きて下さい」
「ちぇっ……。」
 ぶつぶつぼやきながらも泰三は身仕度を整えた。
「さて、行きましょうか」
「そうだな……あっ!」
「鍵の閉め忘れですか?」
「いや……社会の窓の閉め忘れだ」
「……さっさと閉めて下さいっ!」

 只今、16時也。

 何だかんだありながらも夜勤が始まった。
 彼らは派遣会社に所属しているのだが、今回の業務は銀行の地下金庫の警備のようである。
 日勤職員から引き継ぎを終えるとまずは建物の施錠にとりかかる。
「ちゃんと鍵忘れずにかけろよー」
「社会の窓全開だった先輩に言われたくないですよー」
 そんな事を言いながら、二人は窓や扉の鍵をかけていく。
 やがて一階の鍵を全てかけ終えた時。
 泰三は床に紙くずが落ちているのを見つけた。
「誰だこんな所に……オナニーも結構だがしっかり片付けて欲しいものだよな」
 泰三はまるで汚いものを掴むように親指と人差し指の二本でその紙くずを拾い上げる。
「ん……?何か書いてあるぞ」
 泰三は紙切れを広げて見る。すると、英文が印刷されていた。
 しかし、泰三には英語は読めなかった。
 考え込んでいると夜勤さんがやってきた。
「先輩、何してるんですか。上の階の鍵もしめて来ないと」
「なぁ、夜勤さん。これ、読めるか?」
 泰三は夜勤さんに紙切れを渡す。
「んー……海外向けの口座開設申し込み用紙みたいですよ、これ」
「へぇ。英語分かるなんてすごいんだな夜勤さん」
「ビジネス英語くらいなら。学生時代勉強した事があるんですよ」
 どや顔で言う夜勤さん。
 泰三は何となく敗北感でいっぱいであったが。やがてこう言った。
「なぁ夜勤さん。英語得意なんだよな?」
「得意ってほどじゃないですけど……一般的によく使う英語くらいなら」
「よし。それじゃ、『向こうでフルチンで仁王立ちしている男性が、あなたの本当の御兄様です』って英訳してみれ」
「……全然一般的によく使う英語じゃないですよ!」
「日常会話で使わんか?」
「どんな状況で使うんですかそんな台詞!」
 などと言っている間に二階の施錠も終わった。
「……!」
「どうしました?先輩」
「今、思ったんだが……総決起大会と総勃起大会って似てないか?」
「何ですか総勃起大会って!」
「皆で集会所とかに一堂に会して一斉に勃起する大会なんだろ、きっと」
「何のためにですか!」
「決まってんだろ。誰が一番エンペラーか決めるためだろ」
「エンペラーって……」
「そこまで規模がでかいものじゃなくても学生時代やらなかったか、友達同士での勃起大会」
「……やりませんよ。先輩はどんな青春送ってたんですか。」
「まぁ、青春っていうか……精春だけどな」
「……ああ、もういいです。大体分かりました」
「学生時代、エロ本の貸し借りとか常識だろ」
「だからもういいですって。……というか、人が使ったHな本って何か嫌じゃないですか?」
「ああ、夜勤さんは中古のエロ本とか買えないタイプか。まぁでも嫌だな。帰って来たエロ本、何かくっついてはがれないページとかあったし。特に同級生の近藤に貸したら決まっておっぱいでかい娘のページがくっついてて。ああ、こいつ巨乳好きなんだなぁって思ったよ」
「……何か生々しくて嫌ですね。同性の友達の性癖とか知るのって」
「まぁ、他人の性癖を知っちまう事ってよくあるけどな」
「あるんですか。そんな事」
「ビデオ屋でエロビデオ借りたらよく巻き戻されてない事があるんだが。止めてある所で大体の嗜好が分かるんだ。そういう事が何度もあると、このビデオとこのビデオ、同一人物が借りたとか分かるようになる」
「……もういいですってば」
 只今、18時也。

 建物内の一度目の見廻りの時間である。
 こまめに見廻って異常事態の発見につとめるわけである。
「なぁ、夜勤さん」
「何ですか?」
「テレビドラマだと週一で事件とか起こるもんだけど、実際の警備って本当に何も起こらないよな」
「そりゃ、週一ペースで何か起こられたら大変ですよ」
「週一とは言わないけど。たまにはどかんと派手な事件か何か起こらないかなぁって思うな。何も起こらないのにひたすら警備するってのも退屈じゃないか?」
「物騒な事言わんで下さい。何も無いのが平和で一番です」
「本当、保守的だよなぁ夜勤さんって。事件がなきゃ平和だけど、それと同時にヒーローも誕生しないんだぞ」
「ヒーロー……なりたいんですか?先輩」
「おうともさ!ヒーローは男の子の憧れだからな!」
「……先輩」
「何だ?夜勤さん。急に改まって」
「事件が無くても、退屈な警備でも……先輩は立派なヒーローですよ」
「えっ?それ、本当か?」
「本当です。HでEROな先輩は、ある意味HEROですよ」
「急に真剣な顔したかと思ったらそういう事かい!」
「あ、貴重な先輩の突っ込み」
「全然貴重なんかじゃないぞ。俺は突っ込まれるか突っ込む方かと言ったら、間違いなく突っ込む方だぞ。むしろ、穴があったら突っ込みたい方だ」
「……穴に入ってそのまま出て来ないで下さい」
「何だよ、夜勤さん。男なんて皆、俺と尻の穴のムジナじゃないか」
「それを言うなら同じ穴のムジナ……って、全人類の男性を先輩と一緒にしないで下さい!」
 そんな事を言いながら、二人は見廻りを続けてゆく。
「むっ……!」
「どうしたんですか?先輩」
「見てみろ……。」
 泰三はカウンターを指す。つい1、2時間には接客を行なっていた、そのカウンターを。
「カウンターがどうかしま……はうあ!」
 泰三はそれを指したまま、言った。
「見てみろ、この微妙な長さの縮れっ毛。間違いなく陰毛だ」
「いや、でも、そんなまさか……別の毛じゃないですか?眉毛とか」
「この縮れ具合……そしてほのかに漂うこの栗の花の香り……眉毛でも睫毛でももみあげでもない!絶対に陰毛だ!」
「どうして銀行の顔とも言える接客カウンターに陰毛なんて落ちてるんですか!」
「あいつだ……妖怪ちん毛散らしの仕業だ!」
「随分嫌な名前の妖怪ですね……」
「あいつは俺の部屋にも度々現れるぞ。掃除しようと本棚の上や蛍光灯の上などを見たら陰毛が乗ってたなんて事はザラだ」
「確かにそれは不可解ですね……」
「この前なんて財布の中にまで陰毛入っててマジでビビったぞ。会計済まそうとしてお金と一緒に陰毛まで出しちまった」
「店員さんもびっくりですねそれ」
「あ、そういえば夜勤さん。前借りてた百円返すよ」
「……それならその百円で、そこの販売機でジュース買って下さい」
「陰毛が付いてるとでも思ってんのか。ほれ」
 泰三は百円を販売機に入れる。
「だって先輩なら普通に有り得そうなんですもん」
夜勤さんはボタンを押して、出て来た冷たいコーラを手に取る。
「先輩、コーラごちそうさまです」
「げっ!夜勤さん!そのコーラの缶の表面、陰毛くっ付いてるぞ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああ……!」
 諸君、くれぐれも妖怪ちん毛散らしにご用心を……。
只今、20時也。

 夜勤さん達は事務所で夕食を食べていた。ちょっとした憩いの時である。
 夕食と言ってもインスタント食品であるのだが。
「なぁ夜勤さん」
「何ですか?」
「毎度毎度インスタントとかって飽きて来ないか?」
「最近は種類も豊富になったとはいえ……毎度ですからね。全く飽きないと言ったら嘘になります」
「じゃあ夜勤さん。次からは俺のためにきちんとした夕飯作ってくれ」
「お断りします」
「何でだ!?」
「面倒ですし。そういうのは彼女にでも言って下さい」
「飯作ってくれる彼女が居たら今頃このザマになってねぇよ!」
「ですよねー。あっ、先輩、三分経ちましたよ」
「おっ。ではいただくか」
「いただきまーす」
「時に夜勤さん。そのうどん、どの辺りがしこしこなんだろうな?」
「ぶっ!?」
「汚ねーな。鼻からうどんを出すんじゃない」
「せ、先輩が変な事言うから!」
「別に俺は変な事を言ったつもりはないぞ」
「うう……先輩はそもそも普段の言動からおかしいから何言ってもおかしく聞えるんですよぅ……」
「何気に酷い事を言われている気がする」
 そんな泰三に構わず、夜勤さんはカップうどんじゃなくてカップ焼きそばにすれば良かったなぁ、と今回の夕食のチョイスを後悔していた。
「ごちそうさん」
「先輩食べるの早っ!」
「夜勤さんが食うの遅いんだよ」
「だって熱いんですもん」
「俺は便所行って来るから夜勤さんはゆっくり食ってな」
「……そういう事、食事中に報告しなくていいですよぅ」
 そして、一人きりになった時、夜勤さんは気付いた。
 飽きたと言いつつ、泰三は常に職場に2,3個のカップ麺をストックしている事に。その中には、今宵夜勤さんが食べているカップうどんも入っていた。
「先輩、口では飽きたとか言っておきながら実は気に入ってるのかもしれませんね」
 間もなく、泰三が帰ってきた。
「いやぁ参った参った。便器壊れるかと思ったぞ」
「何をしてたんですか何を。いえやっぱり言わなくていいです」
「夜勤さん、まだ食ってんのか」
「すいません……熱くて。先輩、何ならもう一杯食べててもいいですよ?」
「冗談じゃない。カップうどんはもう飽きたんだ」
「……とか言いつつ、その戸棚にストックしてあるんじゃないですか。何気に気に入ってるんじゃないですか?」
「ああいや、それはカップ麺オナニー用のストックだ」
「先輩、職場で何をしようとしてるんですか!」
「何って……ナニだが。気持ちいいんだぞ、人肌の温度のカップ麺」
「いや、そういう事じゃなくて!」
「はっはっは。何を怒ってるんだ?夜勤さん」
「先輩が変態なのは以前から分かっていましたが……ボクは食べ物を粗末にするのは嫌いなんです!」
「そうだよな、食べ物は粗末にしてはいけないよな」
「何を他人事のように返してるんですか!先輩の事ですよ!先輩の!」
「俺は食べ物を粗末になんかしてないぞ?」
「えっ?でもさっき……」
「カップ麺オナニーした後の麺はしっかり食うに決まってるじゃないか」
「えっ……」
「食堂のおばちゃんの指がラーメンに入ってるのと変わらんだろ」
「先輩……ボク、時々ついていけません」
 只今、22時也。

 建物内の二度目の見廻りの時間である。
 しかし、夜勤戦士の使命は見廻りだけではない。
 トゥルルルル……。
「あっ、電話だぞ夜勤さん」
「ですね」
 そう、夜間の電話対応も夜勤戦士の大切な使命の一つである。
 どのような接客業務にも言える事であるが、一般に電話対応というものはコール三度目までに受話器を取るものである。逆に言えば、三度目までに取れなければ企業の恥、とまで認識されてしまう事もある。
 是非とも接客業務を志す諸君は、心に留めておいて欲しい。
トゥルルルル……トゥルルル、がちゃっ。
「もしもし。こちら地方銀行浅門支店です」 
「ハァハァ……君、今どんなパンツはいてるの?」
「………。」
 時々だがあるのである。夜間に悪質ないたずら電話が。
 泰三の奇行である程度慣れている夜勤さんもこれには閉口する。
 そして、受話器を静かに泰三に渡す。
 泰三は受話器に向かって静かにこう言った。
「俺は、いつでも白いブリーフだ。無論、名前付きのな」
 ガチャン!ツー、ツー、ツー……。
「ケッ、半端者めが。おととい来やがれってんだ」
「こういう時、先輩って頼りになります」
「そうか?」
「目には目を、歯には歯を。先輩以上の変態なんて早々居ませんから」
「……人の事を平然と変態とか言うでない」
「すいません。先輩は変態じゃないですよね」
「そうだ、分かればいいんだ」
「先輩は変態なんてものじゃないです。ド変態です!」
「グレードアップさせるなっ!」
 電話と言えば、夜勤さんは泰三に聞きたい事があった。
「そういえば先輩って携帯電話持ってないですよね」
「ああ、連絡先は家の黒電話にしている」
「持たないんですか?携帯」
「どうしてだ?家電話あれば要らんだろ」
「でも家電話には無い色々なアプリとかあるんですよ。アラーム機能とか、カレンダーとか、ミュージックプレイヤーとか」
「目覚まし時計とかCDプレイヤーとかあればそんな機能要らないんじゃないか?」
「うう……先輩ってもしかして最新機械とか嫌いでしょ」
「ああ。全自動洗濯機とかわずらわしいな。シンプルなのでいいんだよ、シンプルなので」
「……そうですか。いつでも連絡取れて便利なのに」
「もしかして夜勤さん、俺といつでも連絡取りたいとか思ってくれてるのか?」
「その……たまに休日とか、一緒に遊びに行きたいなーって……。」
「いつもみたいに家まで迎えに来てくれれば済むじゃないか」
「だって……ボクが遊びに行く時に限って先輩家に居ないんですもん」
 すっかり夜勤さんはいじけモードである。
 それを見て泰三はこう言った。
「あ、ああ、でも携帯の中であれは欲しいかもしれないな」
「あれ?」
「でっかい液晶画面があって、タッチパネルの……えっと、オナホ?」
「……それを言うならスマホです」
「ああ、それそれ」
「先輩、わざと間違えてません?」
「別にそんな事は無いぞ。あと、テレビとか見れる携帯もあるみたいだな」
「……先輩が持ってたら見廻り中に観てそうだなぁ。ともあれ先輩」
「ん?」
「もしも携帯電話持つ事になったら、一番最初に番号教えて下さいね?」
「……考えとく」
 只今、0時也。

 日付も変わり、夜勤も折り返しである。
 施錠や電話対応など仕事が多く気の張る準夜帯も過ぎ、まったりとした深夜帯に突入である。
 泰三もまったりとしており、今にも眠りそうである。
「先輩?起きてます?先輩」
「うーん……特盛りおっぱい一つ。つゆだくでな」
 泰三はデスクに突っ伏してすっかり居眠りモードである。
「先輩っ!」
 夜勤さんは泰三の鼻の穴に指を突っ込んで顔を上げさせる。
「い、痛ぇな!何すんだよ!」
「ちゃんと後から仮眠時間もあるんですから頑張って下さい」
「とはいえ、この時間っていつも眠くなるんだよ……何かしてないと眠くなっちまうんだよ。例えばオナニーとか」
「そんな事、勤務中にせんで下さい」
「だったら何してろって言うんだよ」
「業務用の封筒作りの内職でもしてて下さい」
「またえらく地味な作業だなぁ。余計に眠りそうだ」
「そんな事言わないでやってみると意外と楽しいですよ?作り方教えますから。まず、こことここを奇麗に折って……ここに糊を付けるんですよ。付け過ぎないで下さいね。で、ここを折ると完成です」
「ほう。なかなか奇麗に出来たな」
「えへへ。ボクにだってこれくらい出来るんですよっ」
「しかし。この封筒、どこから中身入れればいいんだ?入口塞がってて密室状態だぞ」
「……あっ」
「夜勤さんって意外と手先不器用だよな」
「ち、違うんですよ!今のは教えながらやってたからです!」
「ふーん……。」
「な、何ですかその目はっ!」
 と、いうわけで封筒作りもろくに出来ない二人であった。
「こほんっ。では、気を取り直して駄菓子パーティーでもしましょう!」
「おっ、いいな。夜勤さん、色々買ってたんだな」
「おやつは三百円以内というのは昔の話。今のボクは社会人!その社会人のみに許される大人買いです!ささ、先輩。この中から選んで下さい」
「おっ、このヨーグルトの出来そこないみたいなの好きなんだよな」
「出来そこないだなんてヨー○ルに何という暴言を……」
「だって乳成分入って無いんだろこれ」
「まぁ、そうなんですけど。ボクはねりあめとか好きなんですよね」
「夜勤さん。ねりあめって、どうして練るのか知ってるか?」
「こうやって練って遊ぶためじゃないんですか?」
「いや、練って空気入れて堅くするためなんだぜ」
「そうなんですか?先輩って意外と博識なんですねー」
「意外とは余計だ。そして夜勤さん、ねりあめ垂れてる」
「わわわっ!いつの間にっ」
「……不器用だなぁ夜勤さん」
「ち、違うんですよ!今は先輩の話に気を取られてて……あっ、粉末ジュースで乾杯しませんか?ボク作りますよ」
「夜勤さん、ジュースちゃんと作れるか?」
「そ、それくらい出来ますよっ!コップに粉末と水いれるだけですから」
「ふーん……。」
「先輩はそこで座ってて下さい!……えーっと、一袋入れて水を入れる……。ちょっと味見。……薄すぎますね。このコップのサイズだと一袋じゃ足りないんですね。先輩の分はもう一袋入れましょう。……大丈夫かなぁ。先輩の事だから濃い方が好きそうだし、もう一袋入れちゃいましょう。これで水を注いで……わ、わわっ!?泡が物凄い勢いで……!?」
「おーい、夜勤さん、作れたか……って、その泡まみれの物体は何だ?」
「……ジュース」
「夜勤さんは不器用だなぁ」
「わ~~~~~ん!」
 こうして駄菓子パーティーはくそみそな結果に終わったのだった……。
 只今、2時也。

 夜勤職員は交代で仮眠をとる。
 だが、泰三は夜勤さんが仮眠をとっている所を一度も見たことが無い。
「夜勤さん、休憩時間だが……本当に仮眠とらないで大丈夫なのか?」
「大丈夫です。ボク、夜中は眠くないんですよ。それにボクが眠ったら先輩が寂しいかなって」
 冗談めかして夜勤さんは笑う。
「いや、全然そんな事はないぞ。仮に夜勤さんが寝たらオナニーして時間潰すからな。2時間だと何発イけるかな……」
「だからボクは眠らないんですよっ」
 指折り数えだす泰三に夜勤さんは半ばあきれ顔で突っ込む。
「まぁ、眠らんで大丈夫ならいいんだが」
「というわけで先輩。何かお話しましょうか」
「今更何を話せってんだよ」
「えっと、そうですねぇ……先輩、ボクよりもずっとこの派遣会社の勤務長いですよね」
「長いってもんじゃないぞ。派遣会社設立当初から居るからな」
「先輩ってオープンメンバーだったんですか!」
「まぁなぁ。この会社も人の入れ変えが激しくてなー。当時のメンバーは現場には俺と主任以外残っていないんじゃないか?」
「主任もオープンメンバーなんですか。その頃の話をして下さい。先輩の新人時代って興味あります」
「新人時代って……俺は俺だぞ?当時から隙の無いクールガイだったぞ」
「……隙が無い人は社会の窓全開で外に出ないと思います」
「とにかく。最高にクールだった俺は当時から献身的に会社を支え、大活躍してきたんだ」
「……主任と同期のオープンメンバーなのに出世しないんですね先輩」
「い、いいだろ!?現場が好きなんだよ俺は!そんな事言うならもう話してやんないぞ!」
「ごめんなさい。で、当時はどんな職員が居たんですか?」
「そうだなぁ……まっ先に思いつくのは低男の事だな」
「低男……先輩?」
「ああ。最低男(もっとひくお)というんだがな。俺はあいつにそそのかされて入ったようなもんなんだ」
「そそのかされた……?」
「ちょうど俺が就職する時は派遣会社の黎明期でな。色々な派遣会社が立ち上がって来てて。当時俺は他の会社に正社員として採用決定していたんだけど。同級生だった低男が、これからは派遣の時代だ、って強引に俺を引っ張って定員割れしてたこの会社に入社させたんだ。派遣制度がどうなのかは御覧の通りだ」
「なかなか迷惑な先輩ですね……。」
「迷惑なのは入ってからもだったぞ。よく出勤日間違えたりサボったりしてさ。当時は俺とコンビ組んでたからな。あの頃は本当、あいつの尻ぬぐいばかりやってた気がするよ。工場派遣の時に大惨事起こした時には俺のクビも飛ぶかと思ったよ……」
「大惨事って……何があったんですか」
「まぁ、俺の処置で何とか会社も俺のクビもつながったんだが。その時の事を詳しく話そうとしたら2時間ドラマ並みに長くなるが聞きたいか?」
「長いんだったらいいです」
「な、何だと!?」
「そういえば低男先輩って今いませんよね。どうしたんですか?」
「いやぁ、それがさ。ある日突然、居なくなった」
「い、居なくなったんですか!?」
「事務所のデスクに入ってた封筒にはオリ○ント工業顔の女と一緒に写った写真と一緒に手紙が入っててな。その女と駆け落ちするんで、給料の一年分前借していく、って書いてあった。それから俺、一年間ただ働きだったんだぜ」
「うわぁ……人として最低ですね」
「まぁ、そんな低男ももう居ない。全ては過去の事さ」
「そうですね……」
 自分の知らない過去の職場に思いをはせる夜勤さんだった。
 只今、4時也。

 いよいよ巡って来た泰三の仮眠時間である。
「やばい。瞼が超くっつきそうだ……」
「お疲れ様です先輩。ゆっくり休んで下さい」
「おう、後は頼んだぞぉ……。」
 ふらふらと休憩室へと入っていく泰三。
 四畳半の休憩室には枕と毛布があるだけであった。
「さーて。眠るか……うっ!?」
 泰三は毛布を被ろうとしたがあまりの毛布の臭さに放り投げる。
「な、何だこいつ……まるで生物兵器だ!」
 ごわごわとした感触、ほつれたのか所々に無駄毛のように飛び出ている糸、そして数え切れないほどの夜勤者の汗を吸って来たのか並みならざる異臭を発しているその毛布はあまりある泰三の眠気を以ってしても受け入れがたいものであった。
「これは、臭かろうてもう無理だ……。」
 泰三はしばらく頭を抱えて蹲っていた。が。その時である。
 もぞもぞと毛布が蠢いたのである。
「ひっ、ひいいいいいいい!?」
 思わず壁まで後ずさる泰三。毛布はまるで意志があるかのようにもぞもぞと蠢いて、一つの形を作り出す。それは何とも愛らしい小動物……ではなく、どこからどう見てもクリーチャーとしか思えない代物であった。
「な、な、毛布が勝手に動きやがった……!」
 毛布は泰三へとすり寄ってきた。ごわごわして気持ち悪い感触が泰三を襲う。
「気、気のせいじゃねぇよなぁ、これ……!」
 泰三は毛布を指でつんつんとつついてみる。すると。
『ニャーン!』
 突然、毛布が鳴いた。
「ひっ、ひいいいいいい!?」
 泰三は後ずさろうとしたが既に後ろは壁なので壁をよじ登った。が、地球の引力に引かれて派手な音を立てて下に落ちた。
「やい、てめぇ!一体何者だ!」
 泰三が叫ぶと、何と毛布はそれに答えてこう言った。
『ボク、ポコタン』
「……は?ポコチン?」
『チガイマス』
「さてはてめぇ……この世界を支配しようと企む邪悪なクリーチャー野郎だな!」
『ドチラカトイウト毛布型の愛ラシイ宇宙小動物デス』
「嘘をつくな!どっからどう見てもクリーチャーじゃねぇか!そんな奴は俺の必殺技で成敗してくれるわ!」
『必殺技……?』
「そう!俺の必殺・スペ……。」
『スペ○ウム光線!?』
「いや、スペ何とか粘液だ」
『イ、イヤダァァァア!!!』
 毛布は逃げ出した。
「待ちやがれこらっ!大人しく俺の必殺技の餌食となれ!」
 泰三は社会の窓を開けて、中から必殺技の発射口を取り出して毛布を追った。
『イヤァァァァァァァ!!!』
 泰三は発射口を毛布に向けながら弾丸を装填する。
「ほぅら!出るぞ出るぞ!必殺・スペ何とか粘液!!!」
『ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
 ………。
「先輩、大丈夫ですか?何だか酷くうなされてたみたいですけど」
 夜勤さんの言葉に泰三は起き上がる。
「夢……だったのか……?」
泰三は呟きながら股間を確かめる。確かに必殺技が出た形跡があった。
 泰三は股間をまさぐった手で額の汗を拭うと言った。
「いや、あれは夢じゃない。夢というより……夢精だ」
只今、6時也。

「あと一息ですよ、先輩!頑張りましょう!」
「くっさい毛布のせいで眠り足りない……。」
「何を死んだ魚のような腐った目をしているんですか。あともう一息なんだから頑張って下さい」
「眠いもんは眠いんだ。だが股間だけは既に起床しているがな」
「先輩も起きて下さいってば。ほら、最後の見廻りいきますよ」
 朝の夜勤さん達の役目は見廻りの他にも色々ある。
 そのうちの一つが、職員通用口の解錠である。
「ほらほらこれが欲しいんだろ?入れて欲しいなら欲しいって言えよ」
 鍵をちらつかせながら扉に向かって話しかける泰三。
「……先輩、いいからさっさと鍵開けて下さいよ」
 そして、玄関脇の花壇の植物に水をあげるのも朝の仕事である。
「ふはははははは!俺のシャワーをありがたくくらいやがれ!」
 放水用ホースを股間の位置で持って勢い良く花壇に水を撒く泰三。
「何か、毎度の事ながら夜勤明けの先輩のテンションって凄いですよね」
「ナチュラルハイだぜ!というかこうでもしなきゃ眠っちまうわ!」
「ですよねー」
 と、言いつつ玄関先の掃き掃除をする夜勤さん。
「先輩ー、ちりとり取ってくれませんかー?先輩ー、って何寝てんすか!」
 夜勤さんが少し目を離した隙に泰三は傍らのベンチで横になっている。
「え?ああ、すまん。ここで瞑想しろと神の啓示が聞こえた……。」
「寝てるだけじゃないですか。顔でも洗って来て目を覚まして下さい」
「ああ。悪いな。ちょっと顔洗いに行ってくる」
 そう言って泰三は建物の中へと入って行った……。
 そして五分間の時が過ぎた。泰三は戻って来ない。
「先輩、まだかなぁ」
 十分経った。泰三はまだ戻って来ない。
「顔洗うだけでこんなに時間かかるかなぁ?いやでもしっかりスキンケアまでしてたらこれくらいはかかる……のかな?」
そうこうしているうちに三十分間の時が過ぎ去った。夜勤さんは玄関先の掃除をすっかり終えてしまった。
「きっちりスキンケアしてるにしても、いくら何でも遅すぎる!というかよく考えてみたら先輩はそんなきっちりスキンケアするような人じゃなかった!また寝てるんじゃないだろうなぁ!先輩ー!」
 夜勤さんは建物の中に入って泰三を探す。が、洗面所には居なかった。寝ていると思い、仮眠室にも行ったがそこにも泰三は居なかった。
「先輩一体どこに……ってうわぁ!先輩トイレの中で何してるんすか!」
 夜勤さんが見つけたのは個室の便器の中に顔を突っ込んでいる泰三の異様な姿であった。
「何って……見て分からんか?顔洗ってんだよ」
「トイレですよそこ!」
「なぁ夜勤さん、便所って一種の庵みたいなものだと思わんか?」
「えっ?何でですか?」
「庵って俗世離れした賢者とかが一人で山の中に籠る時に住む風流溢れる建物なんだがな。便所の個室にも一人で籠るだろう?」
「風流の欠片もありませんけどね」
「そんな事はないぞ。まぁ、聞いてみろ」
 そう言って泰三はトイレの水を流す。
「ただ水が流れているだけじゃないですか……。」
「よく耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえてくるだろうがよ」
「いや、僕にはただトイレの水が流れているようにしか聞こえませんが」
「そして、ほのかに香る草木の香り……。」
「いや、強烈に漂う臭き香りですよ」
「夜勤さんって本当に風流が無いのな」
「ボクはトイレに風流を感じるくらい奇特な感性は持っていないです」
「まぁいい。風流人な俺は猛烈な便意に襲われたから今から便所に籠って悟りを開くぞ」
「……さっさと済まして来て下さい。ボク仕事に戻りますから」
「あっ、紙がねぇ!夜勤さん!紙プリーズ!紙様ぁあああああ!!!」
 小窓から朝日が射し込む。夜勤の終わりはすぐそこまで来ていた。
只今、8時也。

 日勤帯の職員が次々と出勤してくる。
 夜勤さんは日直の職員にてきぱきと申し送りを済ませる。
「慣れてるなぁ夜勤さん」
「先輩が慣れなさすぎなんですよ。大体ボクより勤務年数長いのに」
「はっはっは。まぁ気にするな。だけどまぁ無事に夜勤も終わって良かったじゃないか」
「ええまぁ。大した事も起こらずに。でも、先輩と夜勤するといつもどたばたしている気がするのは気のせいでしょうかね?」
「気のせいだ、断じて気のせいだ」
「そうですか……あえて追求しませんよボクは」
「さて。帰るかぁ」
「そうですね。帰ってお風呂入ってご飯食べて寝ましょう」
「……そういえば俺の家、今食糧皆無だったんだ。夜勤さん、一緒に牛丼食って帰らないか?」
「別にいいですよ」
「ついでにおごってくれると助かる」
「……後輩にご飯代せびらないで下さい」
「冗談だよ。さぁ行くぞ」
「はいっ。……あっ、先輩」
「ん?何だ?」
「夜勤、お疲れ様でした!」
「おう、お疲れ!」
「さぁ、行きましょう!牛丼~♪先輩、忘れ物はないですかー?」
「……あっ」
「どうしました?」
「……社会の窓の閉め忘れだ」
「さっさと閉めて下さいっ!」
 そんな事を言いつつ、二人は会社を後にする。
 明日も明後日もシリアルナイトの戦いは続くが、それはまた別のお話。